土方は首の後ろに手を当て、口ごもる。珍しく歯切れが悪いことに桜司郎はますます警戒を強くした。
「俺の、許嫁になってくれねえか」
それを聞いた瞬間、肩の力が一瞬にして抜け、思わずポカンと口を開ける。瞬きを何回かすると、視線をうろつかせた。
「えッ、は……!?」
許嫁という単語がぐるぐると頭の中を駆け回る。到底理解できない発言に、これは遠回しにクビを宣告されているのかと判断した。
「わ……私、何かしましたか!隊から追い出されるようなことでも!?」
高杉や坂本のことがバレたのかと、血の気が引く。https://www.easycorp.com.hk/en/secretary 狼狽えていると、土方は眉間に皺を寄せて小首を傾げた。
「何故、俺の許嫁になることが隊から追い出されることになるんだ?」
「つまり、出て行けということでは……?」
二人の会話はまるで噛み合っていない。この場に原田か沖田が居たら腹を抱えて笑っていることだろう。
「違ェよ。実はな…………」
そう切り出すと、土方はバツが悪そうな表情を浮かべて話し出した。
土方宛に、幕府より縁談が持ち込まれたという。どうやら、黒の紋付を着こなして颯爽と歩くその姿に、お偉方の娘が惚れてしまったらしい。土方でないと嫁に行かぬと言い張り、しまいには食事すら取らなくなった。しかし土方はあのの副長である。困ったお偉方より、許嫁を連れてくれば娘も納得する、偽造してでも連れてこいとのお達しが来たのだ。
「……成程。色男も大変ですね」
クビでは無いことにホッとした桜司郎は、他人事のように微笑む。
「うるせえ。お前……最近総司に言い方が似てきたな。嫌なところばかり教わるんじゃねえよ」
「ふふ。……でも、どうしてそれが私なのですか?副長の周りには綺麗どころが沢山居るはずですが」
土方宛にひっきりなしに恋文がやたらと届いていることは、隊士全員が知るところだ。そこから見繕えば良いのではないかと思った。
「馬鹿、考えてみろよ。俺のことを本気で好いている女にそんなこと頼めるか?……後が怖いだろう」
土方は露骨に嫌な顔をする。鬼の副長にも怖いものがあるのか、と桜司郎は笑いそうになるのを堪えた。
「それもそうですね。……分かりました。そういうことならお引き受けします。一日だけで宜しいんですよね?」
「ああ。助かる。急で悪いんだが、五日後だ。宜しく頼む」
それだけ言うと去っていく。
この時、桜司郎は軽い気持ちで引き受けたが、これが後の騒動へ繋がるとは露も考えていなかった。 折角だからと桜司郎は化粧を友人である花へ頼むことにした。三年前の祇園祭にて、本当はその予定だったが流れてしまったことを思い出したのである。
丁度、縁談が行われる料亭も八坂に近いため都合が良かった。土方からは好きにして良いとの許可も得ている。
久々の女の格好となれば、自然と口角も上がるというものだ。夕餉を摂った後に、隣を歩いていた沖田が怪訝そうに此方を見てくる。
「何か良いことでもあったのですか?随分と嬉しそうですね」
そのように尋ねられるが、土方からは「この事は俺とお前さんだけの秘密だ。近藤さんにも言っちゃいねえから、そのつもりでな」と口止めをされていた。そのため、小さく首を横に振る。
「何も有りませんよ」
「そうですか。……コホッ、ゴホゴホッ」
沖田は口元を抑えると暫く咳き込んだ。懐から咳止めの飴の包みを取り出すと、一粒口へ放り込む。
その背を桜司郎が優しく擦る。触れた背が細くなっており、ドキリとした。
「……すみません。もう落ち着きました。困ったな……、飴がもう無くなってしまった。明日にでも買いに行かないと。そうだ……桜司郎さん、ご予定はありますか?」
問い掛けに、桜司郎はハッとする。まさにその明日が土方との約束の日だった。
「明日は……その、先約があって……」
──折角、沖田先生から声を掛けて下さったというのに。
「そうですか。残念ですが、また御一緒しましょうね」
明らかに落ち込む桜司郎を見て、沖田はくすりと微笑むとその頭を撫でる。
暖かく優しい手付きに、桜司郎は嬉しそうに目を細めた。 |
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