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いつのことだったか、自分とは違い快活で男らしく、優しい山野へ惹かれていることに気付いた。しかし、山野には茶屋の娘という恋仲がおり、それを見ていることが徐々に辛くなってきたという。
今まで山野や桜司郎との友情が全てだと思って生きてきた。だが、その友へこのように特別な思いを抱いてしまった自分は、友情を語ることは許されないのではないかという思いが込み上げる。思い詰めるほど、彼らの優しさが残酷なものにすら感じられた。
次第に生きることが辛くなり、何度も自害を考えたが、それでは更に友を傷付けるだけだと思い直した。それならばせめて、表向きだけでも彼らには友情を示した上で死にたかった。
そこで脳裏を過ぎったことが、三人の共通の決意である武田への報復である。
『私闘はご法度だぞ。腹を詰めることになる……。それを分かった上で言っておるのか』
『……はい。で、ですが……。新撰組は何よりも武士たれとしているはず。仇討ちは武士の特権ではありませんか……』
馬越の言葉に斎藤は思案顔になった。確かにそれは一理あるが、新撰組では法度が全てである。しかし、武田のような狡猾な男のために、このように素行も良く真面目な男が死ななければならないのは可笑しな話だと思った。ただ、恋心を殺すことが出来なかったというだけなのに。
『……馬越君、これだけ聞かせてくれ。あんたは、恋のために死のうとしているのか?』
その問い掛けに、馬越は眉を顰めて俯く。
『……い、いいえ。己の心のために死ぬのです。男としても、友としても中途半端ならば……。せめて武士として死なせて下さい』
その堂々たる姿に、斎藤は己の心中を重ねた。思う人が居ても、ままならない歯痒さは分かる。忠義やに生きたい気持ちもよく分かるのだ。
恐らく、組長という立場が無ければこのように考えることもあったのかもしれないと斎藤は薄く笑む。
『分かった。それほど決意が硬いのであれば、前のように止めはせぬ。……しかし、乗りかかった船だ。俺にも一枚噛ませてくれ。』
武田が取り入ろうと躍起になっている伊東が隊から離れる今。時機としても、丁度が下っても不思議では無い。
斎藤の目が冷たく怪しく光った──
薄桃色の花びらが舞う樹に背を預け、腕を組むと斎藤は馬越を見遣る。
「あの男は……武田さんは必ず二心を見せる。その時を見誤るな。そして俺の言う通りにしてくれ」
「……はい。またご報告します」
馬越は深々と頭を下げると、その場を去った。 満開の時期を終えた桜は止まることを知らないように、その花を散らしていく。
夜の帳が降りた頃、葉混じりの桜の樹を桜司郎は一人きりで見上げていた。ここのところ、次々と色んなことが起こりすぎてまるで心が休まらない。
ついぞ先日、馬越が五番組へ異動した。その理由を沖田は知っているという。だがそれが何なのかは決して教えてくれなかった。
そして伊東派の隊士から受け取った文。それは伊東からのものであり、落ち着いたらまた連絡を取るという趣旨の言葉が綴られていた。
──どうして嫌なことばかり重なるんだろう。
時勢がそうであるから、仕方がないことは分かる。それでも心がそれに追い付かないのだ。
そこへ、砂利を踏み抜いて近付いてくる足音が聞こえる。そちらを見遣れば、土方の姿があった。
「副長……。お疲れ様です」
「探した。一人でこんな暗い場所にいるのは感心しねえな」
そう言いながら、土方は桜司郎の横に立つ。見上げれば、木の隙間から煌々たる月が顔を覗かせていた。
「すみません。……私に何か御用でも?」
「ああ。ちと、頼み事があってな。ただし、残念ながらお前さんに与えられた選択肢は"了"のみだ」
その言葉に桜司郎は息を飲む。斎藤と藤堂が抜け、https://cutismedi.com.hk/expert/18/BOTOX%E7%98%A6%E5%B0%8F%E8%85%BF 沖田が体調を崩し、他の組長が穴埋めに奔走している今。内密の汚れ仕事は伍長の立場へ回ってくるのは仕方の無いことだと覚悟した。
「……分かりました。して、その内容は?」
「ええと、その……なんだ」